母が末期癌でできることって?辛いし逃避した後悔の日々とブログの話と由真の吐露

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この記事は、100%自分語りです。
私が何故小林麻央さんを書こうと思ったか、
そのルーツになった出来事、とも言えます。
“ブログ主”に興味がない人はご退散ください。

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由真とカーチャンの話①

無茶苦茶長い、一気に全部語ったからな。
時間あるときにでも、読みたい人だけ読んでくれ。

5ページある。

来るべき日は、突然。

「ちょっとパート休んで病院行ってくるな?」

最悪の日は、カーチャンの何気ない一言で始まった。
ある年の梅雨の頃だったと思う。

ちょっと胸が痛かったそうで、咳も出ていた。
風邪かな、みたいなことを言っていたのは覚えてる。

 

当時、アタシは会社員だったが、
金銭的な事情もあり実家から仕事に出向いていたんだ。

どちらかと言えばブラックに近い職場で、
朝早くに出て日付変わる前に帰宅する。

そんな日々を過ごしていて、
家族との会話も少なくなっていた状況だった。

 

下に2人いたが、2人ともすでに家は出ていた。
故に、カーチャンとアタシと、父親の3人暮らし。

元々父親とは折り合いも悪くて、会話をしてもカーチャンだけ。
アタシ自身、カーチャンのために家に残ってたようなもんだ。

正直ここまで親孝行なんかできてなくて、
ガキの頃とかは迷惑かけまくっていたと自覚もあったから、
自分なりの親孝行のつもりだった。

 

うちの父親は良い父親とは言えない。
解りやすく、酒乱なんだ。酒しか楽しみ無い人。

酔ったら暴れるし漏らすしとにかく手が付けられない。
そんな父親とカーチャンを二人きりにしたくなかった。

 

まあ、今も昔も変なエゴで動いてる訳だな、アタシ。
それは、なんも変わっちゃいねえ。

 

知ったのは、少し遅れてから。

ある日、家に帰ってきたら叔母が居た。
カーチャンが病院に行ってから数日経った日だ。

「由真ちゃん、ちょっと座り」

母と並んだ叔母が、帰ってきたアタシにそう言った。

 

アタシは何のことかわからんし、
叔母にはちょっと苦手意識があったから構えながら座ったぜ。

優しいけど厳しい人だったんで、
ヤンチャしてきたアタシもトラウマ一杯抱えているからな。

まあ、そんな話は置いといて…

 

「●●(カーチャンの名前)ちゃん、末期の肺癌やって」

「え……?」

 

人生で初めて、”言葉を失う”状況だった。

何も聞こえないし、耳鳴りがする。

 

「由真ちゃん仕事忙しいから、
 気を遣わせたくないって言ってたんやけど。

 ほら、●●ちゃん(父の名前)頼れへんやん?」

 

叔母はそう続けていたけど、アタシは黙っていた。
なんとなく、頷いていたのだけは覚えてる。

でも、カーチャンの顔は全く見れなかった。
どんな表情していたかも今になってもわからない。

 

叔母が全て話し終えて帰った後、
アタシは「仕事あるから寝る」と言って、
自分の部屋に戻って、1人で泣いた。

叔母が何話してたか、殆ど覚えてない。

 

知らない事、だらけ。

叔母の言葉を断片的に思い出す。
末期の肺癌で、”ステージ4″。

 

ステージって、なんだ?

 

当時のアタシは、それすら知らなかったんだ。

末期の肺癌が絶望的なのはイメージ湧いたが、
ステージの意味を知らなかった。

知らないから、検索かけた。そして知った。

 

余命、何日なんだ?

 

叔母が言っていた気もするが、
恐らくアタシの耳には届いていなかったのだと思う。

ただ、目の前には検索結果で示されている
“5年生存率”の絶望的な数値。

それだけで、カーチャンが間もなく死ぬことはわかった。
生存は絶望的だとも悟ったんだ。

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逃亡の、日々。

最大の親不孝者。

余命いくばくもない事になったカーチャン。
それでも、今は体が動くからとパートに出ていた。

その時、アタシは何してたかと言うと、
カーチャンと全く話さなくなった。

 

顔も見ないし、声もかけない。

 

ただ、仕事行って、帰ってきて、
家賃や援助は口座に振り込んで、寝る。

そんな日々を続けていた。

…直視、できなかったんだ。
バカでもわかる、カーチャンは長くないって事。

だから、疎遠にすることで
亡くなった時のショックを減らそうとしてた。

要は、自分のことしか考えてなかったんだ。

 

結局、カーチャンの事は叔母に任せきり…
…と言うか、カーチャンがまだ普通に動けたんでな?

一人で病院行って一人で対処してたよ。

父親も”酒さえ入らなければ”普通だから、
シラフの時とかは送り迎えしていたと思う。

 

…結局、アタシだけが逃げてた。

この頃のカーチャンは、よく覚えていない。
アタシ、殆ど関わってなかったからな。

 

叔母には今も足を向けて寝られない。

 

“イレッサ”と転機

凄く効果のある薬が適合した。
そんな話を聞いたのは、半年後くらいだった。

肺炎になりやすくなるリスクはあるが、
癌に対する効果は覿面らしい。

妹からそんな話が流れてきた。
…まあ、話してないの、知ってたからな。

 

実際、効果は覿面で、カーチャンは
副作用も出にくかった感じでな。

たまにお腹の調子が悪くなったり、
味覚がちょっとおかしくなる”程度”で済んだ。

相変わらず“家でぼーっとしてるより良い”
パートに出ていたし、夕飯も作っていた。

 

…その頃アタシも、移動が決まって
ブラックな職場からホワイトな職場に移った。

まあ店商売だからな、店によって差が激しい。

残業する必要もなくなったし、
毎日遊ぶわけにいかんから家に帰る日もあった。

 

カーチャンが夕飯作って待ってくれてさ?

うち、山の手にあるから庭で洗濯してる時は
坂をのぼって上がってくるアタシに
“由真ちゃんおかえり”
と言ってくれる訳な。

長い間無視していた、アタシにさ。

 

だからいつしか普通に話すようになったし、
前みたいに酔った父親と喧嘩したりして、
カーチャンをかばうようにも戻ってた。

今思えば体調の悪さを隠していたのかもだが、
末期の癌でステージ4なんか嘘みたいだった。

 

…本当にいつも通りみたいな日々。

カーチャンが時々病院に行って帰ってくる。
変化と言えば、それだけの日々が3年続いた。

痩せたどころかその頃はむしろ太っていた。
それだけ、癌が活動していない証拠だったんだろうな。

 

3年だ。3年ずっと平和だった。
…感覚を狂わせるには、充分な期間。

 

アタシはすっかり忘れていたよ、
母親が余命幾ばくもないって診断をされていた事を。

末期癌なのを忘れていた訳じゃないけど、
“なんとかなるかも?”と甘い考えを抱いていた。

 

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34 件のコメント

  • イヤなブログで、悲しい気持ちになったとき、あなたのブログでイヤなブログを否定してくれるのが、嬉しかった。
    予言者的な人のブログも、モヤモヤしてたら、あなたのブログでスッキリした。
    ありがとう。

  • それでも小林麻央さんに生きて欲しい。その思いは本物なんじゃない?
    少なくともそこはウソじゃないですよね。
    自分も母親を膵臓癌で亡くしました。
    何も出来なかった自分を知っているから、余計に小林麻央さんに生きて欲しいと願いをかけてしまいます。

  • 初めて読んだ他人のブログ。
    小林麻央さんを心配しながら、胸を痛めながら、私はマシ、と思っていた。

    今回の由真さんの話、感動。
    全てが納得。真実。

    • ありがとうございます。
      月並みな言葉ですが、少し励みになります。

  • 私も母の最期は立ちあいたくなくて逃げていたので由真さんの気持ちが分かるような気がします。

    自分自身から逃げてるんですよね。

    今でも自問自答しますよ。

    由真さんのぶった切り……ついつい見に来てしまうのはこの毒っぷりがね。好きですね~

    • ありがとうございます。
      あんまり毒はいてるつもりもないのですが…!

  • ブログコメント、初めてです。迷いましたが、ほんの少し繋がりたくて勇気出しました。私も何故麻央さんに固執してしまったのか解らないままに経過をただ外側から眺めています。癌公表まで麻央さんという人をほとんど知らなかったので、正直それほど心配しているわけではないと自覚してます。ただ長年心を病んでいる自分と、身体を病んでいる麻央さん、病を受け入れられるようになるまでのプロセスが似ている気がしてました。そんな時、由真さんのブログにたどり着きました。力強くてあったかくて自分に正直で人間臭くて。ブログから滲み出てて、いつ読んでも感覚的に好きだなぁ~と思えるんです。心にすんなり入ってくるんです。今回は心の闇、内面の汚なさを語っておられますね。心がピュアなのが改めてわかりました。そんな由真さん、いいと思います。由真さんがその時その時感じたことを書いているブログを、読みたいと思う人間がいます。私は1年前に漸くスマホに替えたばかりで、パソコンも使えないですが、これからも陰ながら応援してます。長くなってしまい、ごめんなさい。そしてありがとうございます。

    • コメント、ありがとうございます。
      ええ、最初は初期の志を改めて書こうと自分語りを始めたのですが、
      書いているうちにどんどん暗くなっていた感じになりました。

      でも、それでも、私が目指している
      “読者に響く文章を書く”が通じていたのなら、うれしいです。

  • 私も母を乳がんで亡くしました。
    しかも、高校1年の春で思春期で、ものすごくショックでした・・・。
    その年齢なので、父も危篤のときに早朝だったこともあり、死に目にはあえていません。
    そのときは、たたき起こしてくれば!と恨んだけど、末期がんの最後を見てトラウマにならないように、あとは意識もなかったそうなので、私への配慮だったのかも。
    麻央さんは余命わずかだと思うけど、心から応援しています。
    同時にあなたのブログも応援しています!心無いことを書かないので!

    • そう言ってくれると嬉しいです。
      最近は、自分もあまり変わらないのかなと思ってるので…

  • 初めまして。
    いつもスッキリしながら拝見させて頂いています。
    いつも他のサイトとは違う感情のこもった人間らしさが好きで訪問していました。

    でも、最近の更新の頻度と内容が少し残念です。
    結局は余命を煽ったりしているサイトと変わらないと感じます。残念でなりません。
    小林麻央さんの命のカウントダウンでお金儲けしている。そこに善と悪はあるのでしょうか?
    お金儲けはしているが気持ちを込めている。これは善でしょうか?余命を煽るサイトを叩けるのでしょうか?拳を純粋に振りかざせるのでしょうか?
    今一度冷静にご自分を客観視してはどうでしょう。
    ブログは好き勝手に気持ちを吐露できて良い場所かと思います。だからゆまさんの怒りや憤りを綴って構わないと思います。
    しかし、お金儲けや生計をたてているなら、同じ穴の狢。
    他人の命のカウントダウンでお金儲けしている。そしてご自分は心あるとし、心無いサイトを叩く。
    贖罪から生まれる言葉は純粋に心に届き、時には読んでいるこちらが、ゆまさんを抱き締めて一緒に涙してあげられたならと思っておりました。
    ゆまさんから紡ぎ出されるストレートな感情は今後とも変わらずにいて欲しいです。
    何を伝えたいか支離滅裂になってしまいましたが、最近のゆまさんの投稿を残念に感じ、投稿しました。

    • ■最近の更新

      >頻度
      私も5ページ目で振り返っている通り、変わらないな、とは思っています。
      ちょっと”意地”になりすぎたのかもしれません。

      一応言い訳しますならば、5月になってからこの界隈、”激化”しています。
      書くところと粘着するところが異様に増えました。
      動きが色々あったので、当然と言えば当然なのですが。

      前なら埋もれなかった記事が、どんどん埋もれていく状況です。
      だから、私もちょっと意地になりすぎました。
      “うちが埋もれたらよその記事であふれてしまう”と。

      6月頭にいつもの記事を書いてからは、少し頻度を落とそうと思っています。

      >内容
      5月は命が燃え尽きそうな事を一貫して書いています。
      これは確かに、余命煽りと何ら変わりはありません。

      何処かの記事でも触れましたが、4月と変わっていて本当に申し訳ないです。
      私の方針は”思ってもいない事を書かない”です。

      4月と5月で大きく状況が変わり、
      正直私は、”根拠もない無責任な奇跡を祈りたくない”だけです。

      故に、切り替えました。
      期待させても裏切られた時の辛さを知っているから。

      “残念な内容”が余命の話であるのであれば、
      方針変更ではなくてこう書かないといけなくなった、に尽きます。

      >お金稼ぎ
      ここ、なんですよね。貼らないと、今度は私が死んでしまいます。
      ブロガー一筋でこれが無くなると普通に収入途絶えて餓死します。

      流石に今から就職(orバイト)して、
      麻央さん記事は広告なしで書き続けろ、となると
      今度は私の人生の計画が破たんしてしまいます……。

      …麻央さん記事を書く上で一番悩むのここなんですよね。
      広告貼りながら叩いているのは滑稽だとは思っています…。

      完璧に割り切れたら、楽なんですけどね。
      コメント欄封鎖してひたすら煽ってる某所のように。

  • 麻央さんにもそれほど関心もなかったのですが、自分自身が子宮がんからのサバイバーなので、彼女が深刻な状況でがんばっているのを見て、元気だったころよりも尊敬するようになりました。その関係で由真さんのブログにたどり着き、気に入って最近ちょくちょくお邪魔しています。
     私はブログでお金を稼ぐのも、別にいいと思います。芸能リポーターだって、同じ内容を週刊誌やテレビで報道してお金を稼いでますし。大事なのは内容で、私は由真さんの記事がいつもすごく好きです。お母さまの話、泣いてしまいましたよ。私お母さまにそんな罪悪感持つことないと思います。お母さまはきっとどんな由真さんでも愛してくださっていると思います。親孝行なんてしなくていいと思う。元気で幸せに生きていってくれれば。
     私にも子供がいるので、がんになったときは子どものことが一番の気がかりでした。子供に親孝行してもらおうとか、見舞いに来てほしいとか思ったことなかったです(息子は当時小学生で、今までずっとすごく仲良しですが、入院中は一度も来なかったですよ)。万一のことがあったときに、強く元気に生きていってくれるかどうか、折れてしまわないかどうか、そちらのほうが気がかりでした。幸い私は癌からは生き延びそうですが(術後7年以上たちました)、万一の場合に気がかりになるのはそこだったと思います。
     だから由真さん、お母さまに申し訳なく思うより、由真さんが元気になることを考えましょうよ。それが一番のお母さまへの親孝行になると思います。いろいろ言われてしまうのでしょうが、全然気にしてない読者も多いと思いますよ。

    • 結局ロクにお見舞いも行ってないので弟妹づてに聞いた話ですが、
      まともに意識がまだあるときは、最後まで”弟妹仲良く”を願っていたそうです。

      だから、きっと、Manogoさんの言う通りだと思います。
      勝手に引きずっている私を見て、母はきっと良くは思わないでしょう。

      わかっては、いるんです。頭では。

      ただ、ふとしたきっかけに思い出して、未だに罪悪感が蘇ります。
      2年過ぎても夢にまで出てくるので、きっと相当引きずっているんでしょうね。

      …頑張って、元気に生きます。ありがとうございます。

  • こんにちは。私も母を乳がんで亡くしました。
    自分の話になってしまいますが、
    私が中学3年の夏に母の乳がん発覚、手術して一ヶ月ほどで退院したけど、
    高校1年の春に肝臓転移で再入院、5月末に亡くなりました。
    由真さんが当初楽観視してたことを後悔する気持ち、よくわかります。
    私の母も一度退院したから、再入院のときも私は「すぐに帰ってくる」と思ってました。再入院当日の朝、冷たく接してしまったこと、あんまりお見舞いに行かなかったこと、32歳になった今でも後悔しています。(父から母がもう助からないと知らされたのは亡くなる1週間前でした。)
    こういった気持ちを共有できる人、周りにはいないので思わずコメントしました。
    麻央さんも由真さんもこれからも応援しています。

    • 恐らく自分が傷つきそうな事から逃げてしまうんでしょうね。
      普段ネガティブ気味なくせに、この時は異様に私もポジティブだったので。

      それは、麻痺か、逃避か…
      追い詰められると、わが身が可愛くなってしまうのかもしれません。

      その場しのぎのわが身可愛いを、今も引きずり続けてる訳ですが。

  • 忙しくてなかなかこちらにこられなかったので、今遡って読ませていただいて、涙ぼろぼろです。全てが分かるとか、同じだとは言いません。でも、重なる部分が多すぎます。だから理解も自分なりにですが、できます。いまだに私も後悔とトラウマが消えません。でも由真さんのブログに出会って救われた気がしてます。本当に。だからありがとうございます。頻度のことは私は全く気になりませんでしたが、由真さんが決められたことですので、受け止めて、これからも応援させてください。

    • 粘着叩いてるのに私が粘着していたのは間違いないのです。

      ブログから何も拾えないときは拾えない時で、
      無理やりネタ持ってきていたのは正直否めないので…。

  • 小林麻央さんの病状の検索をしていて、このブログを知りました。
    お母様をがんで亡くされたと書いておられましたよね。
    この記事でよく解りました。私も、貴方と同じです。
    母を想っているようで、永遠に失うことから逃げていましたから。
    貴方の記事を読み、痛感しました。
    そして、思いました。
    逃げる行為は、当然のことです。
    大切であればあるほどー。ご自分を責めないでください。

    • 死にそうになりながら書いていましたが、
      反響を見ると書けて良かったと思います。

      …これすら作り話だろ、と言われたら
      もう本当にネットの悪意で気が狂う所でした_(:3 」∠ )_

      よく言われますが、孝行するときには
      親は既にいないって本当なんですよね…。

      • 孝行したい時に親はいないーって、本当に昔から言われてることですよね。私も知ってた。けど、何も解ってなかったってことです。
        今を生きることが、想いを抱えながら生き続けることこそ、出来る精一杯ではないかと思います。
        貴女のブログ、人間臭くて私は好きです。

        これからも、失わないでくださいー。
        応援してます。

  • 由真さんの文章を読んで、「病気のお母様」から逃げたかったという気持ちよりも、「病気になったお母様」にすら興味が湧かなかった……というのが本当のところではないだろうか、と思いました。それは由真さんが、食事・洗濯などの全てをお母様に頼り切っていたからです。由真さんは誰かの世話をしたことがなく、またすることも苦手であると読み取れました。
    世話をされ続けた人間とはそういうものです。自分のやりたいことが第1。世話をしている人のことには気持ちがいかない。興味がない。

    病気のお母様を看護することには、実際には様々な手間や配慮がなされたことと思います。( 由真さんの伝家の宝刀である「経験」、それを私も積んでいます。だから言えるのですけれど。) 由真さんのお母様への無関心 ー その延長線上にあった面倒臭さを、叔母様が全て引き受けてくださった訳です。どうぞ叔母様に感謝なさってください。

    最後に、「由真さんがいかにお母様に無関心であったか」を、率直に書いて欲しかったです。「麻痺」という表現に逃げることなくー。それを書けないということは、由真さんには本当のものを見抜く力が欠けているのかもしれません。見抜く厳しさ、というのでしょうか。ご自身の取られた行動の怠惰さに厳しくあってください。

    麻央さんについて記すことは、お母様の件とは別物です。ですから、贖罪になどならないと思います。ただ死に対してあまりに鈍感である多くの人々のモラルに言及し、それを訴えていく姿勢は良いと感じました。

    • 手厳しいご指摘ですが、ご推察の通りです。
      私、”自分のやりたい事”を最優先する性格をしています。
      そのうえで、”自分をかばいます””自分に甘いです”

      今の鈍感であるブログのモラルを訴えている姿もそう。

      “やりたいからやっている”
      理由は
      “母親亡くなって後悔している”自分”が正しいと誇示したいから”です。

      本当にそこに母親への贖罪の気持ちがあるか?
      …と言われると、言葉の綺麗さに酔っているだけなのかもしれません。

      超蛇足になるので”間の3年”は全部省略していますが、
      私、この時何も世話を焼いていません。

      お金の工面していたくらいで、ほかはなにも。
      家族に興味がない父親みたいな動きです。

      “金さえ入れておけばいいだろう?”と。

      3年の間は普通にオフの日は遊んでいましたし、
      母の危篤寸前の”ネットゲーム”の文面からわかる通り、
      母が亡くなるのが見えていた時でも、そんな事をしていました。

      これは逃避なのでしょうか。
      …いや、違う。この期に及んで”自己中”だったと考えます。

      いつもしてるのは自分の”正統化”。

      人生おかしくしたのは”父親が”ローン押し付けたせい。
      母を亡くしたから”自分は”麻央さんの事を書いてもいい。
      この記事を書いたのも批判が増えてきて”正当化”したかったから。
      実際、”同情”のコメントが集まり、気を良くしている自分がいる。

      私の人間性、多分こんな所なんだと思います。
      根っこでは、一生自分に甘く生き続けるのだと思います。

  • 由真さんの率直な返信を有り難く拝読いたしました。
    物書きとしてこれからも頑張ってくださいね。応援しています。

  • お母さまの事から目を逸らされた由真さんの気持ち、そしてそんな自分を嫌悪しているけど、お母さまが居なくなってしまって解決出来ない苦しみ。世間一般で言われる「娘だからして当たり前のこと」が出来なかった事はそんなに悪い事なんでしょうか?色々な家族との関わり方がある中で愛情の形は様々だと思います。目を逸らし続けたのは薄情だからではなく、お母さまを失う現実を見るのが本当は誰よりも怖かったからでは?お母さまが命を賭して由真さんに教えてくださった今の感情を抱き締めて、どうかご自分を愛してあげてください。いつかきっとそんな風になれた自分と出逢えますように。

    • 嫌な事から逃げようとした、だけなんです。

      “辛い目に合うのが嫌”
      “世話して自分の時間取られるのが嫌”
      “恋人との婚期遅れるのが嫌”←結局破局。

      大体当時の私ってこんな感じでした。
      亡くなってからバカだったと気づくんですよね。

      怖かったという感情からも逃げていたのかもしれません。

      • 怖い事から逃げ出してしまうくらい、怖い事からお母さまの愛情で守られていたんですね。

        日々の1つ1つでお母さまを感じ、時間が経つ毎に寂しさや後悔が募るでしょうが…

        親より先に死ななかった。
        最高の親孝行出来たじゃないですか。

        • 今でも阪神大震災の時に、
          まだ小さな私と弟妹が寝ていた多段ベッドを
          カラダで支えていた姿を思い出します。

          親孝行、できているのかな。そう思いたいです。

          • いつか、、出来たら御弟妹に心の内を伝えてください。

            お母さまの願い通り

            弟妹仲良くせなあかんで〜。です。

  • 私自身は娘でもあり母親でもあるので、結局わかったことは、人は子どもを作るときに、自分の都合で作っている、ということです。なので自分が勝手に生んだ子供ですから、その子を自立できるまで育てるのは親の義務であって、間違っても恩ではありません。儒教は逆のことを教えているようですが、これは古代中国では年取った親の面倒を国家ではなく子供に見させなければならなかったからです。恩があるから、と小さいときから子供に言い聞かせて、子供にそう信じさせるんですね。でもこれは皇帝や国家が年寄りの面倒を見たくないから(見られないから)というのが本当のところだと私は思っています。
     今の日本でも、政府は高齢者の面倒を見られない(見たくない)ので、家族に面倒を見させようとしてますけど、本当は子どもが親に産んでもらったことを感謝するのではなく、親のほうが子供に、無事健康に育ってくれたことに感謝すべきだと思っています。繰り返しますが私は娘でもあり母でもあるので、自分の両親には何も恩義を感じていませんが、子供には感謝しています。
     つまり親は、私自身も含めて、自分の都合で子供を作っているので、それは彼らの利己的な動機なのです。跡継ぎを作らないと親戚に認められないとか、老後の面倒を見てもらいたいとか、ただ単に子育てが楽しいからとか子供が好きだからとか。だって、子供を作りたくなかったら、避妊すればいいわけですから。
     今少子化を憂える人って、「子育ては楽しい」とか「子供がいないと老後大変だ」とか言ってるでしょう?これ全部親になる人の都合じゃないですか。子供の都合ではないです。だから子供が無事大きくなったら、親は子供に対して心から感謝すべきで、逆じゃないと思ってます。
     いずれにしても由真さんは、お母さまに精神的に甘えていたとしても、それは子どもとして当然の感情で、精神的に頼っていた一番大きな柱が倒れようとするのが怖くて逃げてしまう、というのも、私はよく理解できますし、悪いことだとも思いません。私の子供も同じ立場だったら逃げ出すと思います。逃げ出しても私は仕方ないと思いますね。子供が一番楽なように対応してほしいと願うだけです。
     親を亡くすのはとても大きなショックなので、2年3年たっても苦しみが続く、というのも当然だと思います。由真さんも今そういう気持ちであることは当然だと思って、時間が悲しみや苦しみを和らげてくれることをお祈りしています。
     

  • 月並みで本当に申し訳ないのですが、何人かの方が書かれているように、お母さんは、由真さんのこと、よくわかっていて、何も気にしていないし、むしろ心配していると思います。
    猫になって来てくれたのなら、由真さんの心の傷や罪悪感を少しでも癒そうとするみたいで本当にお優しいお母さんですね。
    そして、これも月並みで申し訳ないですが、お母さんは、由真さんがそこまで背負わなくていいよ、もっと自由になっていいよ、と思っていると思えて仕方ありません。親孝行がしたいのなら、もう自分を許されてもいいのではと本当に勝手ながら感じました。逃げていた自分と向き合うなんて、なかなかできませんが、それをされたのでふから。
    普通に母親を亡くすだけでも、何年も何年も癒されないと聞きます。まだ2年経っていないですから無理もないです。

    麻央さんは、世間に病気のことを隠せるなら隠したかったというのが本当のところでしょうね。先日たまたま以前のお住いの前を通ったんです。一緒にいた友人が気づいて。玄関に無数の監視カメラが付いていて、それは大変な生活だったのだと想像できました。
    それでも知られるところになり、むしろ隠れないでブログを書くことにした訳ですが、ネットの心無い文章を読むたびに、これを目にしたら…と1人で気を揉んでいました。無断転載禁止しているのに使われてる時は、書けるものにはコメントしていました。
    以前、自分のことを嘘を書かれていること、読んでしまったとありましたね。
    由真さんは、そういう酷いブログを潰してくれて、貴重な存在ですね。
    それでも、嘘をつかない分、嘘でも前を向いていたい人からすると、放っておいてと言いたいかもしれませんね。
    海老蔵さんは、現実を直視しながら、日々それを忘れて仕事をこなし、そして、信じ続けている。これが、皆さんに出す綺麗な形だとしても、雲泥の差で潔く強いです。それは麻央さんもまた。
    結局、あの2人のパワーやエネルギーを貰って、皆さん、生きているのだと思います。もちろん私も含めてですよ。
    まとまらなくてすみません。

    お一人お一人にきちんと返信をされる由真さん。お母様に似て優しいですね。
    家のローンなどあるのかもしれませんが、妹弟を守りたいのでしょうが、自分を大事にして欲しいとこれまた勝手に感じてしまいました。
    まともな人がこのような仕事していたら心が苦しみだすでしょうから。
    でも、どうにもならないんだから。と声が聞こえそうですが、本当はどうにもならないことなんてどこにもない、とも感じています。
    勝手なことを書き過ぎましたが、お身体に気をつけて、時折覗かせていただきます。

    • ありがとうございます。
      少しでも向き合うように頑張っていきたいと思います。

      そう言うブログを潰すつもりで書いている、
      …と言うのが伝わって何よりです。

      >まともな人がこのような仕事していたら心が苦しみだすでしょうから。

      みんな、それぞれご事情があると思います。
      世の中金を全否定するつもりもありませんが、
      最低限のモラルは守って欲しいものですね。