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    11月25日の徹子の部屋に小松政夫が出演され
    植木仁さんとの師弟話とモノマネギャグを披露するそうです。

    小松政夫の現在や植木等の師弟話!父親の事、あのギャグの誕生秘話も!
    そう言う事で今回も調べてまいります。

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    若い子でも顔くらいは知っている?

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    はい、またまた徹子の部屋ですよ!

    ちょっと当たったから
    連日書いてみるっていうアレ。

    そう言う事で11月25日は
    小松政夫さんが出てくるね!

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    若い子でも顔だけ見たら
    なんとなくは知ってるんじゃないかな?

    顔と名前が一致しないだけで
    結構覚えやすい顔してると思う。

    かく言う自分も若いので。
    若 い の で

    何やってた人かは
    詳しく知らなかったりするよ!

     

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    そんな感じだから
    いい機会だし調べてみようと思ってね。

    そもそも俳優さんかと思ってたけど
    コメディアンさんだったのね。

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    ではでは前置きはここまでよ。

    初めて来た人向けだけど
    基本的にここはこんなノリだから
    前置きだけ見て
    付いていけないと思ったら
    素直に閉じてくれて構わないわ。

    付いてくる人だけ
    読み進んでいってね?

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    小松政夫と植木等さんの師弟話

    @小松政夫さんと師匠の植木等さん。

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    本名は松崎雅臣さん。
    1942年生まれでご年齢は74歳。
    出身は福岡県の博多だよ。 

    俳優での出番も老いけれど、
    本職はやっぱりコメディアンみたい。

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    元々ばりばりとセールをやってて
    顧客や上司のやり取りが
    ウケてたんだって。

    その流れから周囲から押し上げられ
    コメディアンを志したらしいよ。

     

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    そう言う事で応募したのが
    植木等さんの付き人兼
    運転手だったらしいの。

    彼との出会いはここからね。

    お父さんを早くに亡くされたそうだが
    これからは僕を父と思えばいい。

    こう、言われたらしいわ。

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    お父さんは地元のの実業家で
    名士だったらしいけど…。

    中学1年生の時に
    お父様を病気で亡くしたらしいわ。

    以降は戦争の前後だったこともあって、
    家族は極貧だったらしいわね。

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    @植木等さんとの師弟話。

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    そう言う事で付き人として
    植木等さんに師事したんだけれど…。

    3年と9か月の間
    行動を共にしていてね?

    芸能人の師弟関係って言ったら
    厳しいものを想像するかもだけど…。

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    確かに甘くはなかったよ。

    一週間の睡眠時間が
    10時間程度の時もあったみたい。

    これで車を運転してるんだから
    よく考えたらとんでもないよね。

     

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    でも、植木等さんは
    彼の事を一度も怒らなかったらしいの。

    師匠が弟子にかけ続けた言葉は

    芸は教わるものではない。
    好きな芸人の真似をすればいい。

    ずっとこの言葉だったそうよ?

     

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    それで、植木等さんと言えば
    “お呼びでないこりゃまた失礼”
    …が代表的なものだよね。

    でもこれ、誕生した理由が
    小松さんなんだってさ?

     

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    それは”シャボン玉ホリデー”で
    植木さんがショートコントを
    やっていた最中だったそうよ?

    当時付き人の小松さんが
    出番前でないのに出番です、と。

    植木さんに伝えてしまったそうなの。

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    それを聞いて植木さんは
    舞台に出てしまったそうなのだけど…。

    一時舞台は騒然となったけど
    うまくアドリブで
    “お呼びでない”を披露したそうなの。

    まさかあのギャグが
    こんな理由で生まれたなんてね?

     

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    やっぱりこのときも怒らなかったそうだね。

    それで小松さんの名前を
    売り込むことも忘れなかったみたいで。

    あのギャグが産まれたのは
    小松さんが間違えたから!

    …とか言いながらも
    あいつは面白い、使ってみてよ、と。

    番組製作スタッフに
    事あるごとに売り込んでいたそうだよ?

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    そして3年9か月たったある日、

    社長にタレントができるように
    言っておいてマネージャーも付けた。
    明日から来なくてもいいよ、と。

    これで彼の独立が決まったんだよね。

    小松さんは感謝の涙で
    おいおいと泣いたそうだけれど、
    泣き止むまで待ってくれていたそうだよ。

    本当にお父さんみたいな人だね。

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    あとがき/晩年の今現在はどうしてる?

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    2007年、植木等さんは
    ご逝去されたわ。

    小松政夫さんは
    今際の際には会えなかったそうね。

    あと5分、間に合わなかったそうなの。

    その後に実施された
    さよならの会では原稿もなしで弔辞を読み
    その姿はまるで父親に話しているみたいで、
    会場の涙を誘ったらしいわね。

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    現在、テレビ、特に関東方面では
    見かけることは少なくなっているみたい。

    出生地である博多に戻って
    地元のイベントやテレビ等で
    今は出演されているらしいわ。

    仕事がない、というよりは
    故郷に戻ったって感じでしょうね。

     

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    はい、そう言う事で以上が
    小松政夫さんと植木等さんの師弟話と
    “あのギャグ”の誕生秘話。

    そして現在の状況や
    父親さんの話だよ。

    乱文長筆失礼しました。

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    何か一つ、知識の隙間を埋める
    お力になれたのなら幸いです。

    ここまで読んでもらって
    ありがとうございました!

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